ノリコのお布団で添い寝ブログ

ファンシーな煩悩のOLさん

ep.2

堀では蓮の葉がにょきにょきと天に向かって手を伸ばしている。雨の降らない乾いた灰色の曇天に。

わたしの聞いた話では、いくつかのローカル線を乗りついでその塔に辿り着くことが出来るらしい。
そして聞いた話の通りに時間を掛けて足元まで近づくことのできたこの塔は、写真で見た以上の古さと想像以上のこの土地の曇り空のお陰で時代を遡ってしまったかのような錯覚を覚える。

よく城の周りに堀があるのは時代に沿った安全上の理由だと思うが、塔の周りのこの堀にはどんな意味があったのか。
水面が目視出来ないほどに水生植物が生い茂り、でも不思議と、このあたたかい土地のこの水辺で、水生植物特有の透明感のある色彩の花々はまだ開くことを躊躇っている。

綺麗に切り揃えられた茶色がかった短い芝に所々の飛び石。やがて飛び石は間隔を詰めて石畳の橋となる。
今日という日に他のめぼしい名所もない土地の古びた塔を訪れているのはわたしだけのようで、ひとりとぼとぼと芝生、飛び石、石畳と歩みを進める。

石橋の真ん中で堀を覗き込むと蓮はにょろにょろとした曲線を描きつつ、でも確かに天へと手を伸ばしている。
例えわたしが蜘蛛の糸を垂らしたとて、掴まる力の無い彼らには年月を掛けることでしか上を目指せない。

だれにでもなんにでも、それなりのやり方というものがあるのだ。

そんなことを考えてまた塔を目指した。
とても緩やかでとても低い芝生の丘の真ん中で塔は息を潜めている。

ガイドブックの通り、とても柔らかい石を重ねたため、指で触れるとぽろぽろと小さな塊が落ちてくる。そして風が吹けば塔は土埃の溜息を吐く。

この土地が今より栄えた時代に、塔はとても重宝されたそうだ。
今や近づいて外側を眺めるしか出来ないこの塔はランドマークとして街を主張し、登れば周囲を広く見渡せるちょっとしたアトラクションの要素も持ち合わせていた。
この土地に限ったことではないが人口は減り続け、街は死んでしまった。
マーキングしていた街に先立たれ、緩やかに老いを重ねてきたのだろう。
塔もまた、息を引き取ろうとしているように見えた。
だが、死んだふりは良くない。まだ形を保ち呼吸をしているではないか。
天辺のほうへ目をやると、雲から透けた濁った太陽光がその先から広く降り注ぐ。
障子越しで本心の分からない太陽に、満足行くまで抱きしめられてほしい。

塔には塔のやり方があるはずだ。

帰り道の石橋から、また堀を覗き込む。
にょろにょろと迷いながら、それでも彼らも太陽が恋しくて堪らないのだ。

わたしも歩まなければ辿り着けない。
塔ほど大きくないわたしは、迷いながら、それでも歩まなければ辿り着けない場所がある。